私は、誰も居なくなったことを確かめてから、鞄を地面に置いた。そして、鞄の中から、先程の古いビーズの物入れを取り出し、中から「鍵」を取り出した。「鍵」をズボンのポケットに、大切に仕舞い、古いビーズの物入れは鞄に仕舞った。これから起こることは、真実なのか幻なのか、私にも分からない事だ。しかし、約束をしたことは間違いない。そして約束の日は今日だ。2018年。…20年間、「待った」とも言えるし、「待たせた」とも言える。
 私は、道路を渡り、三峠駅へ向かう。20年前から無人駅だ。近くに集落もなく、乗り降りする客もない。それは、20年前とて同じことだ。「三峠駅」と書かれた建物に入る。建物は荒れ放題で、スプレー缶で落書きをされていたり、窓ガラスが割られていたりする。列車は早朝に1本。だれもこの駅を顧みる事は無いのだろう。しかし、約束の場所は確かにここだ。改札口の右手側に、扉がある。誰もが建物の外に出るための扉だと思うだろう。確かに、建物の外に通じている場所にある扉だ。…この扉を開けるときが来たのだ。私は扉に手をかけた。鍵がかかっている。鍵がかかっていることを確かめて、ポケットから先程の「鍵」を取り出した。恐る恐る鍵穴に差し込むと、「鍵」はぴたりと鍵穴に入った。私は固唾を飲んで、「鍵」を回した。ぐぅ、がたんと、長い間開けられていなかった錠が外れた。私は鞄をまた床に置き、「鍵」を古いビーズの物入れに仕舞い、古いビーズの物入れも鞄の奥底に仕舞った。そして、扉に手をかけた。扉は開いた。私は、心拍が上がるのを感じながら、扉の外に出た。
 扉の外に出ても、やはり三峠だ。誰もいない。ぐるっと建物を回り、道路に出た瞬間、何かの確信を得た。…丁度先程タクシーを降りた辺りに、建物がある。「三峠駅乗車券発売所」と書かれた看板が掛けられている。私は腕時計を見た。午後5時を回ったところだ。鞄に入れていた新聞を取り出す。買った時は確かに2018年と書かれていたはずが、1998年と書かれている。書かれている内容も1998年当時のものだ。彼女との約束は真実であった。私は、新聞を鞄に戻して、建物の扉を叩く。反応がない。もう一度扉を叩いて、反応がないことを確かめてから、扉に手をかけた。扉は開いた。私はためらわずに中に入った。玄関で靴を脱ぎ、廊下をまっすぐ進む。一番奥の部屋の前で、私は声を上げた、
「和恵!」
 やっと聞こえるかどうかの大きさで、中で声がしたのを聞いた。何と言ったのかは分からない。私は部屋の扉を開けた。古い卓袱台の傍らに、見覚えのある女性が座っている。忘れるはずはない。20年間、この時を待っていたのだ。否、待たせていたのだ。
「和恵か」
「…約束どおり、来てくださったのですね」
「ああ」
 私は、すぐにでも和恵を抱きしめたい衝動にかられた。しかし、和恵に触れる事は叶わぬ。よく見ると、和恵の姿の向こうに、見えない筈の部屋の壁が見える事が解った。…20年前に来ることが出来ても、この真実だけは覆す事は出来なかった。私は、20年前の昨日を思い出す。私は和恵の正面に座ると、腕を組み、そっと目を閉じた。