遠くで汽車の汽笛の音がした。私は瞼を開けた。…駅の待合室のベンチに、私は座っていた。そして、傍らには持ってきていた鞄とステッキが置いてあった。私はあわてて鞄を開けた。…奥に、古いビーズの物入れがあった。物入れを取り出して開けると、やはり鍵があった。私はほっとした。
 突然、駅前に車が2~3台止まった。そしてカメラを持った青年が何人も入ってきた。私は何事かと思い、声をかけた。
「何か、あったのかね」
 青年は驚いた顔をして、私を見た。
「じいさん、ここで一晩そうしてたの?」
「話せば長くなるんだ」私は言った。「何か、あったのかね」
 再び尋ねると、青年は呆れたように答えた。
「この駅、っていうかこの線、明日で終わりなんだよ」
「本当かい?」
「がけ崩れ、復旧の見込みなしってことで、ぐるーっと回ってるこの線、がけ崩れごとトンネルで抜けることになったんだ。そんなことも知らなかったの?」
「でも、前の道は残るんだろう?」
「いや、同じくトンネルができてるんだ。開通はちょっとずれて4日後だけど。がけ崩れの後、調査したら前の道、危なくてしょうがないって。補修するくらいならトンネル掘っちゃえって。ちょうどバイパスの計画もあったしね。…俺も車で通ったけど、車でも結構アレな道だなー」
 私は目の前が真っ暗になった。何とかして三峠へ来れば、和恵を弔う事が出来ると考えていたからだ。道も、汽車もなくなってしまえば、三峠へ来ることは叶わぬ。…一体どうすれば、和恵を弔う事ができるのだろうか。和恵は私を幸せにすると言っていたが、私は和恵を弔う事で幸せだと思っていた。
「おーい、列車来るぞー!」
 青年たちは一斉にホームへ走った。私もホームへ向かった。…和恵が言ったとおり、満ケ峠へ行くことにする。満ケ峠へは、列車を使えば1時間もかからぬ。昔からの温泉街で、その昔ながらの風情が、今の若者には新鮮なんだろう。とても賑わっていると聞いたことがある。
 私はホームから、乗車券発売所があったはずの場所を見た。そして手を合わせ、そっと目を閉じた。丁度汽車が、ホームに入ってきた。