三峠駅に入ってきた汽車は、2両に増結してあったが、それでも満員だった。私が知るここの汽車は、1両でも貸し切りのような状態だった。乗客は皆カメラを持ち、車内の様子や、窓の景色を写している。私はこの満員の汽車で満ケ峠まで行くのかと思うと、少しげんなりした。車掌も車内を回り切れない様子で、車内で切符を買うこともままならない。
 何とか捕まえた吊革を持ちながら、和恵のことを考えていた。どんな形にせよ、和恵と出逢い、暮らせたことは何にも代えがたい幸せだった。声や立ち振る舞い、寝息に至るまで好きだった。私は、正直な所、あの時運ばれた市立病院で軽い鬱状態に陥った。…突如として消えた乗車券発売所は、誰に聞いてもその存在を知らなかった。否、無かったのだ。市立病院の精神科医は不思議な顔をしていた。幻覚や妄想の類にしては、辻褄が合いすぎていると言う。仮に、と精神科医は言った。仮に、その『乗車券発売所』があったとしたら、何の病気とも言えない、と。そして精神科医は、軽い安定剤で様子を見ましょう、と言った。続けて精神科医は、入院もストレスですからね、と言った。初老の救急隊員の機転のお陰で、脳梗塞はほとんど後遺症を残さず安定してくれた。
 あと20分ほどで満ケ峠へ着くようだ。相変わらず車内は満員だった。私は正直うんざりしていたが、和恵が言った幸せにするという言葉を信じることにした。今は何も見えないが、満ケ峠へ着けば何かがあるのかもしれない、と。
 やっとのことで満ケ峠へ着いた。汽車は早朝のみなので、着いたのは午前7時を回ったところだった。観光地だけあって、その時間でも開いている店は沢山あった。私は駅前を見回すと、手近な喫茶店に入り、朝食を取ることにした。その喫茶店は、清潔でサービスも良いが、これが日本全国どこにあっても変わらないだろうという店だった。アンティーク風の内装、よく掃除されたテーブルに運ばれてくる、薄い磁器のカップに入ったコーヒー、そして丁度良く焼かれたトーストなど、どれを取っても満ケ峠である必要はなかった。
 私は喫茶店を出て、観光案内所へ行った。三峠と満ケ峠はそこまで離れていないにも関わらず、満ケ峠の事は私は何も知らなかった。観光案内所では色々な寺社仏閣、温泉の源泉などのパンフレットをくれたが、どれも興味をそそる物ではなかった。私は観光案内所の若い女性に、どこか早くから入れる旅館かホテルは無いかとたずねた。彼女はしばらく思案した後、分厚いファイルをめくって、いくつかのホテルを当たってくれた。そして満ケ峠グランドホテルという、これもどこの観光地にもありそうなホテルを紹介してくれた。そして、送迎の車が見送り客を駅まで乗せてくる帰りに、特別に乗せてくれることになったと言う。満員の汽車に疲れていた私には正直ありがたかった。
 しばらく待っていると、観光案内所の前にマイクロバスが止まった。横に大きく「満ケ峠グランドホテル」と書かれていた。中年で太った運転手が降りてきて、お荷物をお持ちしましょう、と言った。私は大切なものがあるからと断り、鞄とステッキを自分で持ってマイクロバスに乗り込んだ。マイクロバスは満ケ峠の街の中を、するすると走り抜けていった。